元気がない時に、引くことができるのかどうか

コミュニケーション

こんばんは、かきぴーです。

内省系記事です。

考えていることを列挙していきます。

元気がないときにやれないことってあるよね

何がやれないかは、人によって様々だと思いますが、「元気がないときにやれないこと」ってありますよね。

  • 資料を作るのにエネルギーが必要な人
  • 人と話すのにエネルギーが必要な人
  • 外を出歩くのにエネルギーが必要な人
  • 部屋の片付けにエネルギーが必要な人

ある人にとってはいつでもできることでも、ある人にとっては元気がないとやれないことだったりするわけです。

僕の場合は、元気がない時に人と関わるのはNG

僕の場合、「人と関わる」のは、コストが高いです。

リアルで会うのはもちろん、電話やzoom、チャットのやりとりもしんどくなる。

元気がある時は楽しいんですが、元気がない時に関わると、些細なことでイライラしてしまうし、そのイライラを適切に表現することもできなくなります。(当社比ですが、かなり攻撃的になります)

これで失敗したことが、人生で数え切れないほどあります。

元気がない時は、「引く」という判断ができない

しかし元気がないときは、何かを断る元気もありません。

そのため、入っている予定をキャンセルできずに、居合わせた人に不愉快な思いをさせたり、自分の立場を悪くする発言をしてしまったりしてしまったこと数知れず…。

また、元気がない時に依頼されたことは断るのが億劫すぎて引き受けてしまったり、元気がないときに話しかけられて「元気がないからあとにして欲しい」とうまく伝える元気もなかったりします。

こういうとき「引く」という判断をできる人間になりたいものです。

逆に元気がなくてもできることもある

逆に元気がなくてもできることもあります。

僕の場合、「頭の中身を外に並べる」のは、0コストで実行可能です。

この記事もエネルギー消費0で書いていますし、昨日のLTの資料もエネルギー消費0で作成されています。

むしろ、思考を外に吐き出すことで、気持ちが落ち着いて回復するという効果もあります。

多分、世の中には人と喋ることで回復する人もいると思いますし、部屋の掃除で回復する人もいると思います。

こういう元気がなくてもできることが、「才能」と呼ばれる何かなんでしょうね。

自分の状態を見極めれるようになりたい

この記事は、つい先日「引くべきだったなぁ」と思う事例があり、その内省中に思いついた記事です。

結局周りに聞く限り、今回の件は、それほど致命的なことはしていなかったようでした。

歳を重ねるごとに、少しづつましになっているのを感じます。

この記事で言いたいのは「自分の状態を見極めて、適切に動けるようになりたい」ということでした。

僕としては、疲れているときにやらかす事例があまりにも多かったので、ここが弱点だと思っています。

疲れている時、エネルギーが尽きた時の挙動を最適化できれば、もっと良い感じに生きることができそうです。

これまでも、少しづつよくなってきたので、これからも少しづつよくなっていければと思います。

というわけで今日はここまで。

おやすみなさい。

コメント