日常の中にある波と向き合う

習慣化
一番伝えたいこと:生きていると不調なときもあるけど、仕方ないので折り合いつけていくほうが良い

こんにちは。かきぴーです。
前回、朝の習慣について記事を書きました。

あの記事を書いてから2週間近く経ちましたが、ここ最近は、生活習慣が乱れつつあります。
HIITもここ1週間できていないですし(代わりにウォーキングとかしています)、瞑想や朝のレモン水も途切れ途切れ。
ちょっと不調な時期に入ったなと感じているところです。

今回の記事は、この不調を含む、日常の「波」のようなものについて書きたいと思います。

  • 何か新しい習慣を始めても、3ヶ月もしないうちに辞めてしまう
  • 調子が良い時と、悪い時の差が激しい
  • 調子が悪い時は、部屋から一歩も出たくなくなる
  • 調子が悪い時は、世界が真っ暗に見える

僕は、長らく上記のような悩みを抱えていました。

いまでも不調に陥ることはありますが、ここ最近は、波との向き合い方が少しだけうまくなったような気がしています。
現在も明確な解決策は持ち合わせていませんが、もしあなたも同じような悩みを抱えているのなら、一つの向き合い方として参考にしていただけると幸いです。

日常の中にある4つの波

僕は、非常にモチベーションの波が大きい人間です。
自身の経験をもとに、モチベーションの波について考えてみました。
日常を時間とモチベーションのグラフにすると、波のようになるんじゃないかと思っています。

モチベーションの波の図解(手書き)

「好調」が来たら、「不調」がくる。
「不調」が続いたらと思ったら、また「好調」になる。

これを全人類に適用できるとは思いませんが、少なくとも僕自身には、こんな感じに波があります。

さらに波を自分なりに分析すると、以下の4つに分けることができました。

  • 好調期
  • 不調期
  • 低空飛行期
  • 上昇気流期
4つの波(手書き)

ひとつひとつみていきますね。

好調期

調子の良い時期です。
新しいことを始める気力があったり、目の前の仕事に集中できたり、物事をポジティブに捉えたりできる時期です。

  • 新しい本を読んでみよう
  • こんな習慣を取り入れてみよう
  • ブログに記事を投下しよう
  • 新しい仕事を受けてみよう

こういった行動は、好調期だとスムーズに、楽しくできてしまいます。

不調期

調子が下がり始める時期です。
不調期はモチベーション自体は高いものの、実行することに疲れを感じます。

なまじモチベーションが高いが故に、うまくできない自分に苛立ちを感じたり、焦りを感じるのが特徴です。

つい先日まで理想的な動きができていたのに、なんで今の自分はできないんだろう。
こんなんじゃやばい、せっかく積み上げたものが消えてしまう。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。もっと頑張らなきゃ、元どおりにしなきゃ…。

体感として、不調期は一番メンタルダメージが大きいです。
「できるはずなのにできない」が、セルフイメージを傷つけていきます。

低空飛行期

不調が底に至ると、開き直りが始まります。

もう知るか、どうにでもなれ。
全部やめてやるもんね。
ダイエットしてたけど、ファーストフード食べちゃうもんね。
禁煙してたけど、タバコ吸っちゃうもんね。

僕の場合、ただ漫画を読むだけの生き物になり、食事への意識がおろそかになり、諸々の善い習慣が崩れていきます。

低空飛行期はそういうモードです。
開き直り、ある種の無気力状態に陥ります。

低空飛行期は、一見ふざけたことをしているわけですが、メンタル的にはかなり楽です。
ジェットコースターは落ちるところが怖いわけで、一番下でガタンゴトンしているときは怖くありません。

また低空飛行期では、不調期に傷ついたメンタルが回復していきます。
低空飛行期がなければ、メンタルは落ち続けていき、セルフイメージもボロボロになってしまうでしょう。
経験上、無理して頑張りすぎると不調期が長引き、低空飛行にシフトできないイメージです。

低空飛行に入ったのに無理して頑張る必要はない、というのが個人的な意見です。

上昇気流期

自堕落な生活を続けるのは、それはそれで才能がいることだと思います。
自堕落の才能がない人間は、低空飛行を続けていると、だんだん飽きてきます。
僕の場合、漫画を読んでいてもつまんないなと感じ始めます。

飽きると同時に、不安と後悔に襲われます。

こんなことしてて、なにになるんだろう
この時間をブログの記事執筆に当てていれば、どれだけ良かっただろう
あの日食べたカロリーを消費するのにどれだけ時間がかかることやら

不安と後悔から逃れたい一心で、「人生をより善くするための行動」に取り組み始めます。
不安と後悔が、自分を奮い立たせる上昇気流に変化するわけですね。

そして上昇気流期は、自堕落な生活に飽きているため、生産的な生活に楽しさを感じます。

  • こんなに習慣が続いたぞ
  • こんなことができるようになったぞ
  • ブログに10記事も積み上がった

こういうのが楽しくなるわけですね。

上昇気流に乗っかって、「人生をより善くするための行動」を楽しんでいると、いつのまにか「好調期」に帰ってきています。

波を消すのは不可能説

ずっと「好調期」だったらどれほど良いことだろうか、と良く考えます。

  • 右肩上がりの直線のような人生を歩める
  • 自分の調子を予測できるので立てた計画もうまくいきやすい
  • 何より明るい気持ちが続く

「好調期」だけの人生なら、きっとそんな素晴らしい日々なんだろうなと思います。

ですが、僕は、波を消すのは不可能だと思っています。
個人的な経験からの推測で、根拠はありません。

気分の波は、例えるなら季節のようなものです。

春がきたら夏が来て、夏が過ぎたら秋がきて、秋が終われば冬が来るようなものだと思います。
季節がどう巡るのかが土地土地によって違うように、波もその人に根付いているため、根本から消すことは不可能に近いと考えています。

たとえば季節をなくそうと思えば、地軸をまっすぐにするか、常夏の国に移住するしかありません。
地軸をまっすぐにするのは現在の人間の力じゃ不可能なので、日本に住む限り、季節の存在を受け入れるしかないわけです。

日本に住む僕たちは季節を受け入れて生きています。

夏は半袖シャツを着たり、クーラーを設置したりし、冬はコタツを買ったり、雪かきしたりして、季節と折り合いをつけています。
それと同じように、波の存在を認めて、向き合うのが得策です。

ずっと好調に見える人たち

とはいえ、外から見ていて、ずっと「好調期」を維持しているように見える人がいるのも事実です。

「好調期」を維持している人のパターンは、おそらく以下の3パターン。

常夏型の人

1つ目は、生まれつき常夏、赤道直下型の人。

エネルギーの塊で、ずっと好調、ずっとポジティブの超人ですね。


僕自身はあったことありませんが、もしかしたらいるのかもしれないので、仮定の存在として書いておきます。
もし存在したとしても、僕自身は四季のある世界に生まれてしまったので、常夏型に成り代わるのは難しいでしょう。

イミテーションタイプ

2つ目は、イミテーションタイプ。
好調期の人には人が集まってきやすいので、対外的には好調期を演出している人です。

こういった人は距離が近くなると、弱いところが見えます。
工夫や精神力で、外向きには常夏状態を演出しているわけですね。
とてもすごいことですが、消耗もすごそうなので、個人的には目指したくはないかなと思います。

波乗り人

3つ目は、波乗り人。
この人たちは、波があることを受け入れて、波対策を人生に取り入れて生きています。
波と折り合いをつけて生きており、波自体はあるものの、影響を限りなく小さくしている人たちです。
僕が目指したいのはここになります。

それに、「春はあけぼの」なら「冬はつとめて」というように、春には春の良さが、冬には冬の良さがありますよね。
波とうまく折り合いをつけて、季節ごとの楽しみを見出せるようになるのが、僕の理想形です。

波との向き合い方

次に、波乗り人を目指すに当たって「たぶん大事だろうな」と思うことを書いてみます。

波があることを受け入れる

まず、波の存在を受け入れることです。

なんども書きますが、「波がある人」(常夏人ではない人)として産まれた以上、波は存在します。

もしかしたら、この世には本当に常夏な人がいるのかもしれませんが、僕自身はこれまでの人生で何度も波と遭遇してきました。
ですので、僕の人生において、波が存在することは明らかです。

常夏人からしたら「波とかじゃなくて根性がないだけじゃないの?」と思われるかもしれませんが、その人の人生ではそうでも、僕の人生では違うわけです。

  • 自分の人生には「波」はある
  • 波を消すことは困難である
  • だが波と向き合うことはできる

ということを、しっかり受け止めることが大事だと思いもいます。

もし波の存在を受け入れず、常夏を目指そうとすると、常夏になれない自分に直面しメンタルに大ダメージを受ける可能性があります。

それに「常夏になる方法」という存在するかすらわからない、成功確率の低い方法に取り組むのは時間がもったいないです。
波を受けれて、波乗りすることを狙っていきましょう。

しっかり不調を受け入れて、次の季節に向かう

不調期がやってきたときに、やりがちなのは、無理やり好調に戻ろうとすることです。

不調期にメンタルに大ダメージを受ける理由は、「理想的な動き」と「実際の自分の動き」に乖離が生まれるから。
「できていたのに、できない」にぶつかるからです。

不調に入ったときに「どうやら自分は不調期に入ったらしい。速度を緩めてみるか」と不調を受け入れることで、メンタルダメージを減らすことができます。

不調トリガーを減らす

不調期に入るときは、きっかけがあるように思います。
僕の場合、「寝不足」と「季節の変わり目」が不調トリガーです。

寝不足になると明らかにパフォーマンスが落ちます。
寝不足だと日中のモチベーションが大きく下がり、いつもできていたことができなくなります。
その結果、部屋が荒れ始めたり、仕事がたまり始めたりします。

部屋が荒れたり、仕事がたまることで、さらに高いパフォーマンスを維持するのが難しくなり、不調に陥っていきます。
なので、寝不足は極力さけようと考えています。(なかなかできていないけど)

また、僕は季節の変わり目に風邪をひきやすいです。
恥ずかしいことに、気温の変化に対応するのが下手なんですね。
対策として、少しでも風邪っぽさを感じたら、「暖かくして寝る」というのを実践中です。
季節の変わり目対策は、もっと頑張らなきゃなと思う所存。

好調トリガーを増やす

逆に、好調に導くトリガーも存在します。

例えば、部屋の片付け。
部屋の片付けは、比較的実行コストが低いアクションですが、実行すると「今日頑張ったな」という満足感と「作業しやすい空間」が手に入ります。
部屋の片付けは好調期を維持する・好調期にはいるのを助ける、好調トリガーと言えるでしょう。

あと僕が実践しているのは、シャワーです。
シャワーを浴びることは、かなり即効性のある好調トリガーです。
シャワーを浴びることで、まず衣服が変わります。
体も綺麗になり少し気分が良くなります。

また、暖かいシャワーを浴びることで、体温が上がります。
体温の向上は、明らかにテンションを上げる要因です(かきぴー調べ)。

片付けやシャワーのような不調時でも実行できる好調トリガーをいっぱい持っておくことで、不調期のパフォーマンスを底上げすることができます。
不調時にできることは、人によって異なるので、自分にとっての好調トリガーを探しておくのは重要です。

懲りずに「人生を善くする行動」に取り組み続ける

何より大事なことは、懲りずに「人生を善くする行動」に取り組むことです。
「好調期に何かをはじめても、どうせ不調期に全部なくなるんだ」と無力感に陥り、好調期にもなにもしなくなるのは良くないと思います。

好調期は点を稼ぐ場面、不調期は稼いだ点を守る場面です。
不調期があるからといって好調期を投げ出してしまうと、一向に人生が善くなりません。

また「好調期に何かをはじめても、どうせ不調期に全部なくなるんだ」というのは明確に間違いです。
人生をトータルで考えると、好調期にやったことは間違い無く残っています。

もしあなたが毎日1箱タバコを吸っていたとしましょう。
そんなあなたが禁煙に取り組み、頑張って10日間禁煙しました。
ですが11日目に1箱吸ってしまった。
これは挫折でしょうか?

僕は違うと思います。
何もしなければ、11日間で200本以上のタバコを吸っていたのを、11日間で20本に抑えたんですよ?
めちゃくちゃすごいことだし、間違い無く前進です。

他の諸々の習慣も同じです。
不調期にやらなかったからといって、好調期の頑張りが消えるわけじゃないんです。
なので、不調期に懲りずに、人生をよくすることに取り組みましょう。

人生は賽の河原じゃない

僕自身は、26年間、波と一緒に生きてきました。
学生時代は本当に振り回されていましたが、年を重ねるにつれ、だんだんと波とうまく付き合えるようになってきました。

これはなぜか。

  • 好調期に上を目指し、
  • 不調期になんとかメンタル状態を安定させようと試み、
  • 低空飛行なりにできることを考え、
  • 上昇気流で反省し続けてきた

からです。

不調期にメンタルが落ち込むと、まるでこれまで積み上げたものが消えてなくなるように思えてきます。

どんなに好調のときに頑張っても、不調期に台無しになるならやる意味ないんじゃないかな。
積んでも積んでも、どうせ自分で蹴飛ばすんだから、積まない方が良いんじゃないかな。

でも、実際は違いました。

ここ一年くらいで気づいたのですが、僕は、学生時代と比べて明らかに波との向き合い方が上手くなっています。

積んでいたものは、全て蹴っ飛ばされていたわけじゃなかった。
波に対してもがき続けてきた結果、見えないところで「波と向き合う能力」が向上していたんです。

僕も、数年越しにやっと実感できたことなので、不調期真っ最中だと実感できないかもしれません。

でも僕の実感としては、人生はやったことが積み上がっていくゲームです。

やったことの結果が、成功だろうと、失敗だろうと。
好調期にやったことだろうと、不調期にやったことだろうと。
具体的なものにならずとも、人様からみて分かり難かろうと。

確実に、自分の中の地肉として積み重なっています。

聖書には、「天に宝を積みなさい」と書いてあるそうです。
僕たちが、生きていく中で、悩みもがいてきたことは、鬼に蹴飛ばされる河原に積んでいる石ではありません。
天に積まれた宝なわけです。

そう考えると、好調期に頑張るのも、不調期を乗り切るのも、希望が湧いてきませんか?

なんだか熱くなってしまい、話まとまっていないかもしれません。
でも、いま書きたいことを書いてみました。
今日はこのくらいです。

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